
というのも、宿題を10分前に終え一息つき、明日の時間割を手に「この宿題はOK。この資料は持った。明日は水曜日で友達と飲みに行って、父の誕生日だから彼の好きそうなケーキを買って私が食べて。」と独り言をつぶやき、ふと「うんっ?今何て言った?明日は水曜日??ひっえ〜っ。ブログの〆切だぁ〜」

私は今の今まで、今日が月曜日だと思い込んでいたのです。もし、これで時間割を確かめず、鼻歌で「水曜日♪水曜日♪」と口ずさまなければ、今頃は夢の中。それにしてもこの矛盾はどこから来たのでしょうか?

さて、先日友人に「久しぶりに海外旅行に行きたい」とメールを送ったら「海外に住んでいても海外旅行に行きたくなるのね。」と返事が来ました。

それを苦笑まじりに読みながら、OL時代の同僚との会話を思い出しました。その当時の私は、東京から大阪に転勤になり、また仕事柄休みも不定期でした。よく同僚に「国内旅行もままならない」とこぼしていましたが、彼らは「よく言うよ。時間があれば東京に行ってるじゃない」と呆れ顔で私を見ていました。
確かにまとまった休みがあると帰省をしておりましたが、これは私にとっては旅行ではなく、あくまでも「日常生活の一部」でした。ちょうど、単身赴任をしているような感覚かもしれません。

それと同様、日本を離れて間もなく2年。もはや、ここニュージーランドは私にとって生活の拠点であり、非日常の空間ではありません。
今、ツーリズムを勉強し人を旅行へ駆り立てる精神的要因も学んでいます。それにも様々なものがありますが「旅行とは日常生活からの脱出であり、非日常を求めること」これが一番大きな要素ではないかと、私は考えています。

だからこそ、海外に住んでいても海外旅行をしたくなるのです。未知の世界を求め、日常から解き放たれる時間を持ちたいと感ずるのです。

先日、休暇でフィジーを訪れた友人も「NZへ戻る日ちょっと寂しくなった」と言っていました。このような余韻を残す旅行が一番幸せなのでしょう。


今NZは絶好の観光シーズンを迎え、各国からの観光客もそれぞれのスタイルで休暇を楽しんでいます。そんな彼らの笑顔に触れ、非日常への憧れを胸に抱きながら、今日も私はこの街で平凡な幸せを噛み締めながら暮らしています。



Umi さん、いいこと言いますね、という方。
フィジーにいます、という方。
日常です、という方。
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(Umi)
まさに今!NZのベストシーズンが来ていますね^^♪寒すぎず暑すぎず、、あぁ何て良い気候なんでしょう♪♪平凡な事こそ、幸せですよね☆
やっぱり、海外旅行行きたくなりますよね♪私は今行くとしたら、ララトンガに行きたいです。でも、一番憧れているのは、クルーズで世界一周かなぁ^^;
えっ?!ここのところオークランド寒くないですか?特に水曜日の夜は、友達と凍えていましたよ。これは年のせい?!
でも、確かにいい季節。夏休み楽しんでくださいね。
kickoff-T様
ニュージーランド国内旅行の費用の抑え方を伝授してください。
私はなぜかいつも高額な出費になっているような気がします。一人旅だからでしょうか?
私にとってもいつか日本行きが旅行になるのかな?まだまだ私にとって、日本行きは日常の一部から抜け切っていない気がしています。