なぜ私が海外での生活に興味をもったのか、
について。
7年前までさかのぼり、中学時代のお話をしようと思います。
ワーキングホリデーについてブログを書いていくにあたり、私自身のたどってきた道や経験を語ることなしに前には進めないので‥これから数回昔話になります、がどうぞお付き合いください(*・ω・*)
中学3年生の時にオーストラリアに初めてホームステイをして以来、海外で生活することに対して私はずっとあこがれていました。
といっても、あまり良い思い出ではありません(T_T)
姉妹都市交流プログラムのたった10日間の滞在だったのですが、
自分が予想していた以上に英語が話せない、話せない、出てこない‥

私が英語を勉強し始めたのは3歳、近所の英会話スクールで歌やゲームを通して、でした。
オーストラリアに足を踏み入れた当時15歳、英語に親しみ続けて10年以上が経っていました。こんだけ長い時間英語しよるとやけん、日常会話くらい余裕やろ!とたかをくくっていた私。

ところがどっこい、
言葉が通じないって、
言葉が分からないって、
言いたいことをうまく伝えられないってこんなにも不安になるんだ‥
と、到着初日、
あまりの英語のできなさに愕然としました。

ショックで、悔しくて涙が止まりませんでした。

お世話になるホストファミリーとの対面を果たし、家に向かう車の中でボロボロ泣きました(笑)

今でこそ笑い話ですが、当時は本当に毎日きつかったし、さらにホームシックのダブルパンチ。
ワーキングホリデーにしても、語学留学にしても、言語の面で不安を感じている方はたくさんいらっしゃるんじゃないでしょうか。
言葉というツールを通して自分の意思を伝えるということは人間だけに許された素晴らしい行動です。
私たちは言葉にして相手に伝えることで、共に笑い、怒り、泣くことができます。
それだけ重要な道具・言葉。
だからこそ、使いこなせないとものすごいストレスを感じるし、とてもつらい。
英語ができるかすごく不安、
ホストファミリーや他の留学生とうまくコミュニケーションがとれなかったらどうしよう‥、
もしこのブログを読んでいる海外留学をお考えの方で、こんな不安を抱えている方がいるとしたら、言わせていただきます、
そうそのとおり!誰だってそうなんです

みんな、言葉の壁にぶち当たってるんです。

毎年海外留学をしている日本人は数万人。
みんな、不安や孤独を感じたことがあると思います。
案外けろっとしている人もいるかもしれない。
でも絶対悔しい思いをしている。
でも、こんなに苦しい思いをしてでも、私が今回ニュージーランドに来ることを決意できたのは、
言いたいことが通じた瞬間・分かり合えた瞬間があり

日本では決して感じることがないような文化の違いをもろに肌で感じ

雄大な景色を目の当たりにし

そして私のことを本当の家族として優しく接してくれたホストファミリーに出会えたから

あなたのことを大切に思い、味方でいてくれる誰かがいます。
あなたのことをサポートしてくれる誰かが留学先にも必ずいます。
決して、一人ぼっちではありません。
留学するかどうか迷っている人がいたら、是非挑戦してほしいです。
誰も完璧な人なんていない。
留学してみたい、と少しでも思うなら、ぜひ行動に起こしてほしい。
言葉の上達もとても大切です。
でもそれ以上に得られるものが絶対たくさんある。
海外の見知らぬ地での経験は、一生の財産になるから、絶対チャレンジしてほしい。

私は お互いを姉妹と呼び合えるホストシスターをはじめ、素晴らしいホストファミリーに巡り合うことができました。
背中をトントンとさすりながら優しく抱きしめてくれたり、私を励ますためにコアラのぬいぐるみをプレゼントしてくれたり、泣いてばかりいた私を気遣いあたたかく接してくれました。
ストシスターが私の家にホームステイしに来たし、メールや手紙、クリスマスカードを送りあったり、今でも連絡をとりあっています。
将来またオーストラリアの地を訪れ、私の成長を見て欲しい、短い期間ではなく、もっと長い期間海外に滞在して現地の生活に溶け込んでみたい。
オーストラリアでのホームステイは、私の人生を大きく変える出来事となりました(^_^)
言葉の習得・上達はもちろん、こうしたあたたかい人と人とのつながりを感じられることは、留学の醍醐味だと思います。
そんなこんなで私は海外留学に興味を持つようになり、初渡航から7年が経過。
ワーキングホリデービザを取得し、ニュージーランドで毎日を過ごす日々が来るなんて‥
という私の、海外留学のはじまりのはじまりについてでした。

次回は、
youmeの昔話シリーズ第2弾
英語科に進学し、毎日英語にまみれた高校時代について、です(*・ω・*)
(youme)