それは庭の芝刈りです。

最後に芝刈りをしてからずっと天候不順でみんなが休みのときに芝刈りができず、ずっとのびのびになっていました。
おかげで草はぼうぼう


下の写真は芝刈り前の悲惨な庭の状況です。

ニュージーランドで芝刈りというのは重要な家事の一つです。
家をきれいにするのと同じくらい、住民の義務として芝刈りをすることは家の管理における大切なタスクです。実際芝刈りを怠ったために、大家から退去を命じられる住人もいるくらい、芝の管理は大切なのです。

これまで芝刈りは管理人を務めるフラットメイトが引き受けていたのですが、彼が一時帰国している間、残ったわたしたちが代わりに引き受けることになったのです。ところがまったく天気がよくないまま時間がすぎ、どんよりとした空の下、どんどん伸びていく雑草を見ては、何とかしないとなあとため息をついていたものでした。
そして先日、午後から天候が回復し、芝の夜露が乾いたころを見計らって、ついに芝刈りを始めることにしました。このフラットにはガソリンで動く芝刈り機があり、オイルを充填し、刈った草を入れるカバーをセットします。そしてモーターを発動させ草を刈ります。
男性のフラットメイトが機械を動かし、わたしは刈った草を捨てる役割。芝刈り機は家庭用とはいえ重たく動かすのも大変です。そして刈られる草も重い。二人で汗をかきながら、何とかフラット全体の芝を刈りました。
これが芝刈り後の庭の写真です。タンポポとか雑草が消えたのがお分かりになるかと思います。すっきりしました。

こうしてニュージーランドに来るまで、芝刈りはおろか、芝の庭のある生活自体日本で経験がなかったのですが、ニュージーランドでは
庭の手入れは
家事であり

趣味であり

一つの主義

であるのかもしれません。
とはいえ、芝刈りを終えたわたしたちが思ったことは、これでしばらく庭の心配をしなくてよくなったという安心感でした。
ニュージーランドに限らず、多くの外国では芝に対する思いは特別なものがあるように思います。公園、広場、家庭の庭、いたるところに、むしろ日本人から見てここまで芝にしなくてもいいんじゃない?というような小さな区画にも芝が植えられています。
芝の文化、とでも言うのでしょうか、とにかく、彼らにとって芝のない町はコンクリートジャングルか砂漠なのかもしれません。クライストチャーチではハグレーパークの広大な芝生を巨大な芝刈り機が手入れする光景がよく見られます。芝を愛する住人の、情熱と努力は大変なものだと思います。
芝刈りの手順を覚えたわたしたちは、そういう意味でちょっとKIWIに近づいたのかもしれません。願わくば、草の伸び方と天気を心配しなくて済むような、夏らしい晴天が増えることを望みます。

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(hisawo)