
さて、今日はぽっかりと空いた時間があり、久しぶりにお気に入りのカフェに行きました。

このお店は頻繁に足を運ぶわけではありませんが、韓国人オーナーを始め、店員さんもフレンドリーで、私の顔も覚えていてくれます。

そんな店員さんと話をしながら注文を終え、支払いをする際に、電子マネー機械の故障に気づきました。あいにく私は現金を$2.5しか持ち合わせておらず、前会計だったので、キャンセルをお願いしました。

すると彼が「今日はお金はいりません。次回来た時にまとめて払ってください」と言います。しかし、次回はいつになるかも分からず、銀行に行くと伝えたところ「本当にかまいませんので、コーヒー飲んでいってくれませんか」と言われ、私は彼の言葉に甘えました。

というのは、OL時代、日本に住んでいる韓国人の方から、同僚に渡す商品代金6万円を託されました。私は領収書がないため、自分の名刺で預かり書を作成し「これは現金預かり書です。私が失くしたり、預かっていないとは限りませんので、万が一のために保管してください」と渡しました。すると彼が「あなたはそんなことをする人ではないでしょう。見たら分かります。僕はあなたを信頼しているから、この行為はとても悲しい」と言いました。

その時、私は初めて「そういう考え方もあるのか」と、軽い衝撃を受けたのです。
よく韓国や中国の人々は、一旦相手を信頼して受け入れると、日本人の想像を超えた懐の深さで相手を受け入れて包み込むと聞きます。
私のフラットメイトのガールフレンドも中国系KIWIですが、彼女も然り。先日「私が水疱瘡になっても誰も世話をしてくれる人がいないわ」と呟いたら「何で?私がいるじゃない。会社の帰り、空いている時間、夜は泊まってUmiの看病はするよ」と言ってくれました。

日本人だと社交辞令の場合もありますが、私の友人は自分が口にしたことは「有言実行」これは私が最も見習いたい彼らの長所です。
「本当に今日は迷惑をかけてごめんね」「また近いうちにお邪魔します」
この約束を果たしに、今日は学校に行く前にカフェに立ち寄ります。
大都会のオークランドも捨てたものではないですね。温かい心根を持った人がたくさん暮らしています。



いいカフェですね、という方。
やさしい人ですね、という方。
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(Umi)