日本でもたまにどこかのテレビ局が流すこともあって知っている人も多いと思うが、ナニー(基本的には子供の面倒をみる人)が1週間、子育てで問題を抱えている家庭を尋ねて助ける番組。
大体が暴力、罵声、奇声でコミュニケーションをとる子供達だったり、とにかくいろいろ。
あらゆる手段で子供達を「よい子に」そして家庭全体を「ハッピーな家庭」にしてナニーの1週間の仕事は終わる。
大体は本当にクレイジーとしか思えない例で「だからテレビ番組になるんだ」とうなずける。
中には親達がそのナニーのやり方が気に入らない、と不平を言ってナニーを侮辱する人達もいるが、見ているこっちは「だったらなんでこの番組に応募したんだ。」とイライラ。

ナニーも「自分達でもっと上手くできると思うならなんで私に電話したのよ。」と。

見ているこっちはまたまた「そうだそうだ!」と。

よくある「テレビごときに喜怒哀楽を顕にする」人になってしまう。(・・ような番組)
ところがある家庭の例は本当に胸がつまった。
その家庭は1年前に父親を亡くして、母親、8歳の女の子、7歳の男の子の3人暮らしだった。子供達は父親を失う前まで特に父親と親しかったらしく、現在の母親との関係がうまくいっていなかった。
子供達二人共いつも暴力の喧嘩をし、母親にも暴力を振るい、特に8歳の女の子は凄い「怒り」で母親に狂ったようにその怒りをぶつけていた。始めのほうは「どうしたんだこの子は。」と正直その暴力や態度に唖然としていたが、番組が進むに連れてどんどんその女の子の「怒り」の原因がわかってきた。
もちろん彼らが「父親を亡くした」というのは番組の始めから知っていたけれど、小さな子供をこんなにふうにしてしまうなんて想像もしていなかった。
よく考えれば当たり前のことかもしれない。大人になって、いろいろな経験をしていろいろな想いに打たれ強くなったってそれでも誰かを亡くすということは本当に辛い。それが8歳、という年齢だったらどんなにだろうと思った。
番組の中で凄い怒りの暴力を振るう一方、
女の子は「お父さんに会いたい。」「お父さんと○○するって約束した。」と何度も思い出を語りながら泣いていた。
最後にはその怒りも緩み、残された母親と弟と仲良く暮らせるようになった。それでもきっと彼女の中で父親への気持ちや想いが薄れることはないだろう。考え出すとすごく胸がつまった。どんなに辛くて苦しいんだろうと。きっとその悲しみを「怒り」でしか表現できなかったんだろう、と。
そう思うと私の母は中学生の時に父親を亡くしている。
母は父親との思い出を「○○だったんだよ。」と楽しそうに懐かしむだけだけど、その当時は暴力さえ振るわなかったらしいが、そうとうの悲しみがあったに違いない。どうやってその悲しみを乗り越えて、どうやってその現実を受け止めたのかわからないが、今そのようなことを母に聞いてもきっと
「忘れちゃった」
という返事が返ってくると思うが、きっと想像以上のものだったに違いない。
大切な人を亡くすのは本当に嫌だ。

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(Ai)