というのは、もちろん人によっても違うだろうが文化によって「未来」への感覚が違う気がする。

日本の英会話学校で教えていたときイギリス人の仕事仲間と口論になった。その彼の彼女は日本人だった。

イギリス人の彼は日本の「貯蓄文化」がどうも納得できないらしく、あるお金は「今」の楽しみのために全部「今」使う。将来どうなるかわからないのに、稼いだお金をケチケチしたくないという。「バカらしい」というのだ。でもその一方で彼は日本人の彼女のことを凄く愛していて結婚してイギリスで家庭を持ちたいという。

イギリスはますます物価も不動産の価値も増して、一文無しでどうやって家庭を築くのだ、現実的になれ、とつっこむと「ほらね、日本人女性はいつも現実的、現実的ってつまらないよ。」と言ってきた。具体的な例を挙げてつっこんでいけば結局黙ってしまった。私が「ほら、答えられないじゃん!」と言えば「でも彼女を愛しているもん」と・・・。

少なくとも愛する人が日本人でそういう感覚をもっているのだったら、愛する人の為に貯金をし始めればいいのに、とそれはそれは長い口論だった。
個人的なことだが私の彼はアメリカ人で、そしてこないだ自分の彼とそのような話をした時「日本では“若いうちは死ぬまで働け”と言われているんだよ」と鼓舞してみた。「若いうち一生懸命働いて将来楽するんだよ」と言ったとき、彼は
「将来沢山お金があってもやりたいことがなくなっている。」と言ったのだ。
彼曰く、
「若い今だからこそやりたいことがたくさんある。遊びも勉強も仕事以外でたくさん。でも年をとったらやりたいことがなくなっているから働くことに集中できる」と言うのだ。

いつもなら反論する私が「ほほぉ〜・・」と納得できるような気もした。それまでは若いうちは沢山働いて、「今」の為にも「将来」の為にも稼ぐ。そして「今」も楽しむけど、「将来」のためも考える。
けれど西洋の文化ではそのローン文化と似通った話で「お金があれば今使って今楽しむ。」「今後は今後」と。
もちろんその「将来」を過ごす場所、文化によっても考え方を変えてもいい。イギリスならシングルマザーに、カナダならホームレスに国からの援助もある。それぞれの国でその文化なりの援助も感覚も違う。
それでも「ほぉ〜」と納得していた何秒か後、
「とりあえず私達はゆくゆく日本で暮らすんだからつべこべ言わず黙って働けっ。!」と次に、
「When in Rome, do as the Romans do」(郷に入っては郷に従え)を説いておいた。
それでも心の中では「確かになぁ」と納得する自分もまだいた。


「今」と「未来」どっちも私にとっては大切だからなぁ、と・・・。

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(Ai)