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2008年08月28日

世界各国の味を求めて♪

もうすぐNZは春を迎えるのに、私は資料の底なし沼にはまっていきますが、今日はそこから脱出をはかり、公園を散歩しました。そのときに出会った春をお届けします。晴れ

080828_Umi_1.jpgこの桜はカンヒザクラかヒガンザクラの一種でしょうか?どなたか桜に詳しい方がいらしたら教えてくださいね。


080828_Umi_2.jpg


さて、先日、友人から「NZにはどんな食材店があるの?」と質問されたので、今日はその話をさせて頂きます。ただ、これは私個人の主観と行動範囲内に限定されることをご了承ください。

オークランドには、日本人の私たちもよく利用する「チャイマ=中国市場」があります。市場の規模により取扱商品数は異なっていますが「チャイマで手に入らないものはない」と言われるくらい、生鮮食品から日常雑貨まで品揃えは豊富です。生鮮食品(野菜・肉・魚)はNZのスーパーより、お手頃な価格でKIWIたちも買物を楽しんでいます。わーい(嬉しい顔)

それと店舗数で両翼をなすのは「韓国市場」でしょうか?これはスーパーのような大規模店舗もあれば、小規模ながらも生鮮食品から日常雑貨まで取り揃えているお店もあります。演劇

ただ、韓国語表記のみの店舗も多いと感じます。

それ以外に私がよく足を運ぶのは、イタリア、フランス、ロシア食材のお店です。黒ハート

まず、イタリア食材店は、カフェも併設されており、限られた品揃えではありますが、パスタやトマトソースなどがおしゃれに陳列されています。学生の日常食材としては高価な値段ですが、持寄パーティーのお土産や料理好きの友人の誕生日プレゼントとしては、お手頃価格で私にとっては利用価値の大きいお店です。キスマーク

次に、フランス食材のお店ですが、ここは大きな倉庫のような店舗に、ワイン、雑貨、洋品類も陳列されています。特に毎週土曜日に開催される朝市が有名で、多くの人で賑わっています。この朝市は間もなく、毎週土・日開催になる予定です。バー

最後に、ロシア食材店。ここはいつ行ってもロシア人ばかりで、店内にはロシア語が飛び交い、商品の説明もすべてロシア語。そのため、私は自分が興味を持ったものは、店員さんに尋ねます。食材を使いこなすのは難しそうですが、商品の価格はお手頃で、私はスパイス等を購入します。NEW

これ以外にもヨーロッパ系食材を中心とした高級デリカテッセン風のお店や、オランダ人の血を引く友人曰く、車で2時間位の所にオランダ食材店もあるそうです。ハートたち(複数ハート)

きっと他にも魅力的な各国の食材店が存在するでしょう。さすがオークランド。移民が多く住む都市であることを実感します。

ひらめき
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posted by キックオフNZ at 05:50 | Comment(2) | TrackBack(0) | グルメ

2008年08月25日

〜資料に埋もれる日々〜

8月も最終週になりました。夏休みも残りわずかですね。楽しい思い出がたくさんできましたか?宿題は終わりましたか?ぴかぴか(新しい)

さて、オークランドは飽きもせずに毎日雨。出かけるときは、空とにらめっこをしながらです。そういえば、先日素敵なことがありました。わーい(嬉しい顔)

皆さんは虹がつながっていくのをご覧になったことがありますか?

先週の金曜日、海沿いを歩いていると、海の水平線近くにうっすらと太く短い虹が見えました。「アーチになるかな?」と反対側に目をむけると、そこにも同じような虹。ただ、こちらのほうが色濃くはっきりとしており、歩きながらみていると、それが空をキャンバスに絵を描き始めました。少しずつ少しずつ、時々色を薄めたり濃くしたりして、アーチは描かれていきます。それが見事一本に繋がったとき、思わず拍手をしてしまいました。自然が作り出す物の素晴らしさを堪能した一時でした。ハートたち(複数ハート)

さて、話は変わりますが、今、私は今期の課題「ニュージーランドツーリズム業界の日本向けマーケティング戦略分析と課題」のレポートに取り組んでいます。こうして日本語にすると、堅苦しさが増し、やる気が後退しそうです。もうやだ〜(悲しい顔)

それはさておき、私は膨大な資料(教科書、参考書、新聞、インターネットetc)から情報を取捨選択し、分析しなくてはなりません。しかし、読解力の壁に阻まれ、時には資料の意味を誤って捉え、事実と対極の答えを導き出すこと、また、意味は正しく理解しても、文章作成能力の欠如で、自分の言わんとすることが正反対の意味になっていることもしばしば。がく〜(落胆した顔)

また、多数のデータが手元にありながら「帯に短し、たすきに長し」ということもあり、インターネット上で検索ワードをとっかえひっかえ、データ収集もしています。mail to

これを通して、ニュージーランド人の日本人観が見えてきます。私達の特徴や気質を正確に把握していることもあれば、私からみると、どこか違和感があることもあります。

また、中には名刺の重要性、お土産の慣習、物を手渡すときは両手を使うこと等、日本人とのビジネスにおける、ビジネスマナーのアドバイスもあります。晴れ

ここから、日本人の一般慣習・常識とすることが「あたりまえではない」ことを実感。数日前のKickoff-Tさんのブログにもあったように「時にはあたりまえだと感じていることを、一つ一つ検証する作業の必要性」を再認識します。

さあ、これから再び、資料との闘いが始まります。今日は幸いにも雨。外に行く誘惑からも逃れられ、勉強に集中できることでしょう。雨わーい(嬉しい顔)

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2008年08月22日

最後に

AIです。

これが私にとって最後のエッセイ。いろいろなことを言いたいが、結局はこの二つ。

「感謝の気持ち」と「私の思い」

まず、ブログの仕事を与えてくれたキックオフNZ様、ここでの私のエッセイを読んでくれた人、コメントをくれた人、いつでも側にいる家族、友達、その皆に感謝の気持ちを言いたい。

みんな、本当に本当にありがとう。ここで得た経験や想いは私をまた一回り、成長させました。

もう一度、本当にありがとう。わーい(嬉しい顔)ハートたち(複数ハート)

そして次は「私の思い」

私は何かを頑張っている人が大好き。夢を持っている人が大好き。それぞれその人のペースがあるけど、ゆっくりでもその人なりに夢に向かって頑張っている人が大好きだ。

その一方、私は他人の人生を羨んで生きている人が大嫌い。何も行動も起こさず口だけいつも「あの人はいいな。私はこうだからああだから。」と言い訳ばかりする人。

正直な話、もちろん私だって昔はそうやって人の人生を羨むこともあった。今だって超ネガティブな時はそうなる。言い訳だって普段の生活ではする。

でも少なくとも自分で決めた目標に向かっているとき、そしてそれを達成するための過程にいる時は絶対に言い訳はしない。

そしていつだって他人の人生は羨まない。

ある時柔道のYAWARAちゃんは「言い訳をしない」と聞いた。その時以来彼女の強さの訳がわかり、それ以来自分にも試した。大学時代スキーの大会のために練習をしている時。留学を決めた時。そして海外で生活している時。なぜならそれはそれらの夢、目標を自分の結果として残したいから、自分の強さとして得たいから。

言い訳は夢や目標へ向かうものへの邪魔をするだけ。

何だって言い訳をすればできなかったことへの気が軽くなる。どんな時だっていろんな理由で行動を起こさないことはできる。あたかも仕方がなかったように言い訳をして事を済まそうとする。そしてその一方で自分ができないことをできた他人を羨む。動く体があって動く脳みそがある限り、私達は何だってできる。

でもなぜか体が不自由なためにできることが限られる人はしようとすればできる言い訳をしない。彼らはそんじょそこらの人なんかより強くて前向き。

「環境に恵まれている」というセンテンスだって私は疑う。どういう環境が恵まれていてどういう環境が恵まれていないのか私は理解できない。どんな状況だって自分が置かれている環境を愛せなくて、人がいる環境を羨むのは私はおかしいと思う。先にも言ったように、動く体と頭があれば何だってできる。お金がないなら働く。知識がないなら勉強する。無いものは得ればいいだけ。環境とは自分で作るもの。病気や事故や自分ではどうしても避けられないものは「運命」。それだけ。

物事がうまくいく人はそれなりの努力をしている人。物事がうまくいかない人はそれに言い訳をくっつけて済ます、努力をしていない人。

私がいいたいことは「留学」は誰だってできるということ。そして本当にやりたいんだったらやってみる。言い訳はいらない。怖がることもない。自分を信じて動くべき。

そしてやり始めた夢はとことん楽しむ。留学先や留学するまでの過程で難しいことがあっても、悲しいことがあっても自分が選んだ道を疑うべきではない。

私が英会話学校で働いていたとき、何人も留学を決めて、そしてその後に諦めた人達をみた。もちろん仕方がない理由だってある。でもそのうちの何人かは大好きな彼ができたから、彼と離れたくない、とか。でもその一方で留学先で恋人が日本で待っているという友達も沢山みた。恋愛をとるか留学をとるかではなく、両方得ることはできるということ。本当に自分のことを愛してくれる人だったら夢を叶えたいというパートナーの気持ちを受け止めるはず。恋愛やその時点での何かに夢中になっているものがあったとしても、もし「留学したい」という気持ちが頭をよぎったらその気持ちを無視しないで欲しい。私は学生時代にその気持ちが頭をよぎることはなく、よぎった時点が何年か前だっただけ。

「何かをやってみたい。」という気持ちは本当に大切。

言い訳をしないで、私は環境に恵まれてない、とか言って毎日の現実にダラダラ甘えないでほしい。やりたいんだったらやる。言い訳はしない。環境は自分でつくるもの。人のことを羨む脳みそがあったら自分を見つめなおしてみる。自分で人から羨まれるような人生をつくる。人は人。自分は自分。自分が選んだ道は何がなんでも信じる。楽しむ。

自分自身をいつでも必ず信じること。

一度しかない自分の人生をいつでも「最高」と思えるように。

私はいつでもくじけそうになるとき、このことを忘れてしまいそうになるとき、言い聞かせている。そしてそうすることでいつでも「自分のいる環境を愛すること」ができて、周りにいる人を愛せて、感謝できて、最高の瞬間をいつでも掴める。

留学でも何でも、やりたいことがあるならやって、そして思いっきりそれを楽しんで、そしてそこから数え切れないものを学ぶ。そしてそんな自分の人生を最高と思える。

迷っている暇なんかない。人生は1回しかないし、何が起こるかわからない。

本当に。

ひらめき
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2008年08月21日

大人ってなんだろう?

日本はお盆休みが終わり、高校野球も優勝校が決定。
北京オリンピックも今週末で閉幕を迎えますね。
そろそろ、ひぐらしも鳴きだし、夏が過ぎ去る寂しさを感じておられるかもしれませんね。えっ?まだまだ、猛暑が続いている?!

 オークランドは、ここのところ冷え込みが厳しく、真冬には焚かなかったストーブに火を入れています。その上、私はレポートとテストが重なって、睡眠不足の日が続き、喉の痛みを感じる今日この頃。
実は今日もこれから、3時間に渡る商法のテストが控えています。でも、この寝不足では考える力も衰えているでしょう。テスト中に眠らないようにがんばります。

 さて、泣き言はここまでにして・・・。

 先日、年の離れた友人から
「Umiはどんなときに大人になったと思った?」

と聞かれました。「急に言われても日本語でも答えられないよ」と、思いがけない質問に目を白黒させました。

いろいろと思いを巡らせるうちに、思い出したことがあります。それは、昔、父と妹の3人で車に乗っていたとき、同じ質問がカーラジオから流れてきました。
その時、妹が「お姉ちゃんは、いつ大人になったと思った?」
「私はねぇ、お味噌汁を美味しいと感じたとき」

と、言いました。
この答えに、父も私も一瞬思考回路が止まった後に、大爆笑。
素直に自分の気持ちを伝えた彼女に対して、失礼きわまりないのですが・・・。

 ただ、妹の答えは、父や私が「大人になったと感じた時」を、自分が探している観点とは、全く異なったところにありました。しかし、それは10の模範回答を提示されるよりも、妙に説得力のある答えだったと記憶しています。
 
そんな妹に触発されて、私も彼女と同じ視点で「大人になったと感じた時」を考えてみましが、残念ながら私の柔軟性のない、カチカチの頭では思いつきませんでした。

私に質問をした友人は、今年25歳です。勉強と仕事を両立させながら、永住権獲得に向けてがんばっています。それが最近、順風満帆だった将来設計が、ある事が原因で、暗礁に乗り上げ、彼は将来設計を再考中です。


 その時に彼は

「自分だけのことを考える時期は終わった」


と思い、これがまさに彼の「大人になったと感じた時」だったそうです。

 まさに十人十色。いろいろな答えがありますね。

 さて、最後になりましたが、妹よ♪あなたはこの会話を覚えていますか?

そして、あの時出せなかった私の答え。
それは

「大人になりたくない思うとき」

です。

ひらめき
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2008年08月19日

運命

私が今ここにいるのも全て運命だと思う。運命を信じる、信じないは結局言葉の定義の捉え方の違いであったりして、例えば私の彼は運命を信じない。私は信じる。ぴかぴか(新しい)

前にも言ったように今アメリカのメリーランドにいる。それは彼のお兄さんの結婚式に参加するためだ。この彼とは婚約をして、こっちにいるといつも「フィアンセのAiです。」と人々に紹介される。でもその度凄く不思議な気がする。「この人で本当にいいのか」という気持ちはいつだってある。人間完璧な人なんていないし、完璧な恋愛関係なんてないのだから、結局は物の考え方で、友達のヘレンが彼女の彼を「私の彼は完璧だわ。」といつも嬉しそうに言っていたように、完璧でなくてもそう思えることができることが一番大切で幸せなのかもしれない。ハートたち(複数ハート)

それがまだできない私は彼との関係を「運命なのだろう」といいのか悪いのかそれで済ます。決定

「留学」なんて言葉は高校の時も大学の時も思い浮かばなかった。高校の時は地元の普通の公立高校だったから周りに留学した子もいないし、毎日バスケ部の練習や学校のイベントや目先のことで精一杯で、でも凄く毎日楽しくてその生活に集中していた。わーい(嬉しい顔)

大学の時はスキークラブに所属していて、毎年冬には長野の山に篭ってスキーを練習していた。英米文学科だったため、周りに留学する子もいればクラブの中でも短気留学を含めれば沢山の人が留学をしていた。それでも毎年のスキーの目標、日々の生活の満足から「留学」という言葉は人事だった。「いいなぁ」とも思わなかった。

「大学という一番楽しい時になんでこの環境を離れるんだ。」と私は一分一秒でもその楽しい生活を離れるのが嫌で、「スキーで学生大会に出られるのも今だけなのに」とその環境を楽しむことで必死だった。ダッシュ(走り出すさま)

で、就職した新宿のスキーのお店でも毎日通勤に疲れながらもそれでも楽しくて、飲みまくり、オールしまくり出勤直前まで仕事場で飲んでいることも多々、それはそれで超楽しかった。わーい(嬉しい顔)ハートたち(複数ハート)

私の場合何かが嫌で環境を変えたことはまだない。たまたまかもしれない。高校も大学も仕事も大好きだったし、その場を離れたくなかった。家族にも友達にも恋愛にも全てに恵まれていたしいつも「時が止まってほしい」といつも思った。

それが新宿で働いていた時ある時、1回目のエッセイで書いたようにふと「留学」を思いついた。毎日楽しくてつまらなかったわけでもない。でも実はつまらなかったのかもしれない。「恵まれすぎていた環境」にもしかしたら慣れてしまって「何かが足りない生活」を無意識に探していたのかもしれない。家族も友達も彼も皆愛してくれた。欲しいものは何でも手に入った。好きなことをしていつも幸せだった。でも何か窮屈に感じる時もたまにあった。それは新宿の光景だった。狭い空、毎日人で溢れている街、いい意味で新宿の窮屈さが何かきっかけをくれ、自分では気がつかなかったが無意識に「留学」を口にし始めたのかも知れない。そしてそれがついに頭の中を「ちゃんとした想い」としてよぎり、そしてその想いは「衝動的な行動」を起こすまでに到った。晴れ

そして始まった留学生活。カナダ、イギリス、次にすぐにNZと思っていたらふと受けた英会話講師の仕事が決まり、99%くらいの勢いでその仕事のオファーを断ろうと思っていたのが「せっかくならやってみるか」と始めた。NZにワーホリで来るにはその前に日本での滞在が6ヶ月ないといけない。その為に「一時的ならいいか。」「3ヶ月後に辞めればいいか」と気軽にスタートした。それなのに次はその仕事にはまってしまって結局1年続いた。英語に興味のある生徒達は夢のある子が沢山で、そんな子達を見ていると本当に幸せだった。だからNZに来る前だってその環境を離れたくなかった。たらーっ(汗)

それなのにじゃあなぜ環境が変るのかと思えば、「運命」だと私は思う。99%気軽に初めた英会話講師の仕事先で今の彼に出会う。もし新宿でのあの時のふとした瞬間がなかったら私は「留学」なんてせずに、そしてその当時の彼と結婚していたであろう、そして今はここにはいない。

そしてもし英会話学校の仕事を99%確率に従って断っていたら今はアメリカにはいない。この仕事もしていない。

「運命」を信じるかどうかは自由だとしても、でもその「運命」が与えてくれた環境を信じるか信じないかでは生き方が違ってくると思う。

時たま自分のいる環境を疑って、そして本当に嫌気がさす時だってある。それでもその環境を受け止めずに、そして信じることができない限り、何も行動は起こせない。

幸せだって掴めない。

きっかけが運命だろうと何だろうと一度始めたことは最後までやり遂げる。

最後までというのは自分が満足のできるところまで。

そしてもしそれが「留学」だとしたら、自分が満足いくまでやってみて、そしてどんなことが起こってもその環境を信じて、自分を信じて幸せに思うべきだ。

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2008年08月18日

飽くなき探求 〜その名は食欲〜

ここ数日、オークランドは寒い朝が続いています。外に出ると、吐く息が白く、手もかじかみます。「春はいずこへ」と、首をすくめながら歩いていると、そこはかとなく漂う沈丁花。やはり、春は一歩ずつ近づいていまするんるん(写真は私を魅了した沈丁花)

080818_Umi.JPG

さて、そんな冬の朝、起き抜けに「蒸しパンを食べたい」と思いました。普段は、フルーツ、シリアルとヨーグルトですが、今日はそれらに見向きもせず。ぴかぴか(新しい)キスマーク

しかし、まだ店も開いていない早朝。果たして、店が開いても「蒸しパン」はあるのでしょうか?それでも、私は「蒸しパン」にこだわりました。

恥ずかしながら、たまに、私はこのようにささいな食欲に執着し、その欲求が満たされるまで、走り続けます。今朝もまさにこれ。そこで、私は自分で作ることにしたのです。手(パー)

まず、簡単な蒸しパンのレシピをネットで検索。その中から、一番手軽な材料で作れるものを選択し、早朝6時からパン作りスタート。でも、生地を捏ねている最中に「プレーン蒸しパンではつまらない」と、アレンジすることにしましたが、周りを見渡せど乏しい手持ち材料。それでも、プラスαにこだわる、私の頭はフル回転。台風

結局、電子レンジで作る「カスタードクリーム」のレシピを手に入れて、この欲求は満たされたのです。それから、生地にカスタードクリームを包み込み、蒸し器へ・・・。ふくろ

私は、蒸しあがるのを待ちながら「この情熱を食欲以外のことに向けられたら、私の人生はもっと限りない可能性が広がるな」と、考えていました。決定

これを読んだ両親から、またもや「それが分かっているなら、実行しなさい」と、無言のプレッシャーがありそうです。もうやだ〜(悲しい顔)

ただ、私がここまで「衣食住」と言われる、生活基盤条件のなかで「食」にこだわるのは、両親が「食事をすること、味わうこと、素材を楽しむことの大切さ」を、日々の食卓を通して、私に教えてくれたことにあります。キスマーク

母の料理は、レトルト食品に味付けを頼りません。それは、彼女の長年の感で培われた「味覚センス」で決まります。そのため、私が母のレシピ通りに同じ料理を作っても、その微妙なさじ加減は伝授されず、母の味とは異なります。これが世に言う「お袋の味」でしょうか。揺れるハート

「母の薄揚げ入りの千切り食べたいな」と、思いを巡らせるうちに、蒸しパン完成。晴れ

幸せ気分でそれをはふはふと頬張りながら、私もお袋の味を伝える存在を持とう♪と、決めた朝でした。

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posted by キックオフNZ at 05:55 | Comment(4) | TrackBack(0) | グルメ

2008年08月15日

「美白」か「日焼け」

私は今アメリカにいる。引越しの前のホリディで冬のNZから真夏のアメリカにやってきた。オークランドからここ、ワシントンD.Cに来るには一旦ロサンゼルスやサンフランシスコといった西海岸のどこかで乗り換えてから大陸を横切る。その為結局20時間くらいかかる。彼のお兄さんの結婚式に参加するために来たのだが、その前にどうせならビーチにも行こうと近くのオーシャンシティ(メリーランド州)というビーチに行った。晴れ

そこで再び思い出した日本と海外でのビーチでの違い。夏への意気込みの違い。

というのは、日本では夏が近づくと

「今年の夏は絶対焼かない!」とか「真夏に透き通るような白い肌!」

という広告を目にする。

日本だとお馴染みの「流行のような常識?」もしくは、「常識のような流行?」・・・

いつも言っているように目に見えない不思議な常識らしきものがある。

これもその一種かexclamation×2

「肌が白いのが美しい」という感覚から日焼けをしやすい夏が近づくと途端にこんなセンテンスが飛び出す。そしてドラッグストアには日焼けグッズや美白グッズが沢山並ぶ。

誰が決めたのか日本には「透き通るような白い肌が美しい」という感覚が存在するらしく、だから日焼けをしないように、特に若い女性は「美白」にこだわり日焼けを恐れる。

そんな日本で育った私はもちろん海外生活を始めるまでは「美白化粧水」を使っていた。雑誌やテレビのうたい文句にまんまと洗脳され、「もちろん白い肌が美しいんだ」と思う一人だった。ぴかぴか(新しい)雪

でも初めてのカナダ生活での夏、周りの友達が皆、日焼けをしたがってビーチへ行き、そして家の庭でもアパートのバルコニーでもビキニになって日焼けをしていた。

イギリスでは夏が近づくと「日焼けサロン」が一気に賑わった。夏にむけて「焼けた肌」を得るためだ。

NZでは季節が逆、今は冬の為そんな光景は見ない。でも雑誌やテレビでは「ナチュラルな焼けた肌のファンデーション」の広告が多い。

「美白化粧水」といわれる化粧水は海外でみたことがない。NEW

そうなのだ。海外だと「白い肌」は「PALE=青白い」とネガティヴなイメージがあるため、日本とは全く逆なのだ。

私達が「色白」にこだわるのに対して、海外だと「日焼けした肌」にこだわる。

だから海外のビーチだと年齢を問わず、本当に沢山の人が日焼けを楽しんでいる。そして彼らはもちろん「日焼け止め」を忘れずに塗る。でも「美白」の為ではない。

「皮膚がん」を避けるため。それだけ。

だれも「美白」の為に「日焼け止め」を塗って真夏の太陽の下で寝転がらない。

「CAUCASIAN」と表現される白い肌を持った彼らはその「日本人が憧れるだろう白い肌」を恥ずかしく想い、逆に「日焼けをした肌」を美しく思う。

そして私はといえば、その真ん中をとったような肌色を今、している。

母が言った「歳をとって日焼けをすると染みになりやすいよ。」という言葉が邪魔をして彼らのようにバンバン焼くこともしない。

でも「美白美白」と日焼けを気にしてせっかくの太陽光を避けたくもない。わーい(嬉しい顔)晴れ

ということで日焼け止めはしっかり塗って、太陽の下でのお昼寝を楽しんだ。眠い(睡眠)

「日焼け」か「美白」か。どっちにしても美しいものは黒くても白くても美しい。

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(Ai)



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2008年08月14日

ショートショートエッセイ

今日はテーマを決めずに、私の今月の日記を抜粋してお届けします。わーい(嬉しい顔)

日本のインターネットを見ると、連日オリンピックの話題を目にする。でも、悲しいかな?NZにいると「蚊帳の外」。ネットで、各選手の活躍や結果を知ることはできても、メダル獲得の臨場感を楽しむことができない。北島選手の泳ぎ見たかったなぁ。あせあせ(飛び散る汗)

ニュージーランドは、暦の上では来月から春を迎える。最近、街を歩いていると、水仙を目にすることが多くなった。散歩コースに咲く、満開のラッパ水仙を目にすると、春が隣にいることを実感する今日この頃るんるん

フラットメイトが「寒いね」と言い、私が「寒いね」と答えながら彼を見ると、半袖Tシャツに、マフラーと毛糸の帽子の彼。一方の私は、起毛スリッパ、薄いブランケットを腰に巻き、フリース着用。「なぜその格好で寒いと言える?」と、互いに吹き出す、昼下がり。雪晴れ

スーパーのレジで、前に並んだ男性が、妙な動きを繰り返す。ふと、彼の足元に目をやると裸足。寒いのか、片足をもう片方の足に激しく擦り合わせている。この日は雨。「雨の日は、せめてビーチサンダルを履きませんか?」と、心の中でつぶやいた。足

学校のエレベーターでの出来事。裸足の学生が、エレベーターに入ってきた。それを見た先生が「君の靴はどこ?」「玄関で私を待っているわ」と微笑む彼女。そんな私の学校は、「靴を履いて学校に来ましょう」と、謳っている。くつ

チャイニーズマーケットに行ったとき、中国語で話しかけられ、中国人でないことを伝える。コーリャンマーケットでは、韓国語で話しかけられる。ジャパンスーパーでは、日本語ではなく、英語で話しかけられる私は、一体どこの国の人?ぴかぴか(新しい)

3歳のおしゃべり好きな友人の子供。私に英語の本を読ませては、その発音訂正に一生懸命。ケラケラと笑いながら、何十回と繰り返し、ママに「もうそこまで」と叱られる。それを楽しみながらも、音の違いが分からずに、自分の聴力に自信喪失した、雨降りの週末。雨

街を歩いていると、微かに聞こえる懐かしい音色。それを辿れば、小さな店先から流れくる演歌と出会った。どんな雑踏にいても「日本の音」は、耳が捉えて離さない。「私の聴力は異常なし。英語耳を持たないだけ」と、認めたくない事実を認める瞬間。耳

ある日、異性に対する「Like」と「Love」の違いを、彼らなりの定義で、語り合っていた友人達。その厳密な使い分けに、興味深く耳を傾けながら、「そういえば、私は恋人に愛してると言ったことがあったかな?」と、記憶を辿り寄せた夜。黒ハート

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2008年08月12日

スーパーナニーから

「スーパーナニー」はNZでは昼間にやっている番組。
日本でもたまにどこかのテレビ局が流すこともあって知っている人も多いと思うが、ナニー(基本的には子供の面倒をみる人)が1週間、子育てで問題を抱えている家庭を尋ねて助ける番組。
大体が暴力、罵声、奇声でコミュニケーションをとる子供達だったり、とにかくいろいろ。
あらゆる手段で子供達を「よい子に」そして家庭全体を「ハッピーな家庭」にしてナニーの1週間の仕事は終わる。


大体は本当にクレイジーとしか思えない例で「だからテレビ番組になるんだ」とうなずける。
中には親達がそのナニーのやり方が気に入らない、と不平を言ってナニーを侮辱する人達もいるが、見ているこっちは「だったらなんでこの番組に応募したんだ。」とイライラ。ちっ(怒った顔)
ナニーも「自分達でもっと上手くできると思うならなんで私に電話したのよ。」と。ちっ(怒った顔)
見ているこっちはまたまた「そうだそうだ!」と。exclamation×2

よくある「テレビごときに喜怒哀楽を顕にする」人になってしまう。(・・ような番組)



ところがある家庭の例は本当に胸がつまった。

その家庭は1年前に父親を亡くして、母親、8歳の女の子、7歳の男の子の3人暮らしだった。子供達は父親を失う前まで特に父親と親しかったらしく、現在の母親との関係がうまくいっていなかった。
子供達二人共いつも暴力の喧嘩をし、母親にも暴力を振るい、特に8歳の女の子は凄い「怒り」で母親に狂ったようにその怒りをぶつけていた。始めのほうは「どうしたんだこの子は。」と正直その暴力や態度に唖然としていたが、番組が進むに連れてどんどんその女の子の「怒り」の原因がわかってきた。



もちろん彼らが「父親を亡くした」というのは番組の始めから知っていたけれど、小さな子供をこんなにふうにしてしまうなんて想像もしていなかった。
よく考えれば当たり前のことかもしれない。大人になって、いろいろな経験をしていろいろな想いに打たれ強くなったってそれでも誰かを亡くすということは本当に辛い。それが8歳、という年齢だったらどんなにだろうと思った。



番組の中で凄い怒りの暴力を振るう一方、

女の子は「お父さんに会いたい。」「お父さんと○○するって約束した。」と何度も思い出を語りながら泣いていた。



最後にはその怒りも緩み、残された母親と弟と仲良く暮らせるようになった。それでもきっと彼女の中で父親への気持ちや想いが薄れることはないだろう。考え出すとすごく胸がつまった。どんなに辛くて苦しいんだろうと。きっとその悲しみを「怒り」でしか表現できなかったんだろう、と。


そう思うと私の母は中学生の時に父親を亡くしている。


母は父親との思い出を「○○だったんだよ。」と楽しそうに懐かしむだけだけど、その当時は暴力さえ振るわなかったらしいが、そうとうの悲しみがあったに違いない。どうやってその悲しみを乗り越えて、どうやってその現実を受け止めたのかわからないが、今そのようなことを母に聞いてもきっと

「忘れちゃった」

という返事が返ってくると思うが、きっと想像以上のものだったに違いない。


大切な人を亡くすのは本当に嫌だ。

ひらめき
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2008年08月11日

地に足つける時期?!

今日のオークランドは、雲ひとつない快晴です。手を伸ばせば触れられそうに思います。
 また、北京オリンピックも始まり、テレビに釘付けの方もいらっしゃるでしょうか?私は、開会式の映像をダイジェスト版で、ちらっと見ました。何はともあれ、日本とNZ選手の活躍を祈っています。


 さて、今日は次の質問をお届けします。
よろしければ、皆さんもご一緒に考えてみませんか?

「もし、タイムマシンがあるなら、あなたは何歳に戻りたいですか?それはなぜ?」
「もし、違う人生を選べると言われたら、あなたが選ぶのは今の人生?それとも別の人生ですか?それはなぜ?」


 これは、語学学校の授業題材の一つでもあり、また、友人たちとの話題にも上がったことがある内容です。

 「年代が戻れるなら」という質問には、「10代」と答えた人もいましたが、大半は「年齢はただの数字。別に数字上の若さはいらない」と考えていました。ちなみに、私の答えも彼らと一緒で、特に戻りたい年齢はなく「今が一番」です。
 ただ、この彼らの考え方が「海外では年齢を気にせず生きられる」と、私が感じる一因なのかもしれません。


 次に「人生の選択問題」ですが、これは「違う人生」を選ぶ人は、皆無に等しかったように思います。ただ、「今の人生」を選びながらも「特定の出来事について、記憶から消し去りたい」という、意見は多々ありました。

 例えば「前の旦那さんの記憶だけ消したい」というようなこと。彼女曰く「結婚したことは後悔しておらず、子供にも恵まれて幸せ。ただ、前の旦那だけは、私の人生の汚点」と断言。その迫力に、私は圧倒されるばかりでしたが・・・。


 しかし、恥ずかしながら、私は今でもこの具体的な理由が見つかっていません。「今の人生を選択する」という、答えのみです。

 それは恐らく、私が何かを選択するとき「感性」を基準に動き、具体的な理由を必要としないためです。ただ、これはその日の気分によって、答えが左右されることにもなります。
 そのため、先日も学校の進路選択で迷い、猫の目のように、私の考えが変わっていました。
とうとう、それを見かねた友人が
「自分が見えなければ、選択できるコースとそれぞれの長所と短所を、紙に具体的に書き出しなさい」
とアドバイス。

 彼らのアドバイスで、ようやく〆切間際にコース決定。具体的な理由を持って出した答えに、揺らぎなし。そろそろ「糸の切れた凧」を卒業する時期でしょうか?



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posted by キックオフNZ at 08:47 | Comment(5) | TrackBack(0) | NZ Life

2008年08月08日

何も気にしない

気がつけば今、何も気にしない自分がいる。海外生活がそうさせてくれた。晴れ

「何も気にしない」ことが“いいこと”と言っているわけではなく、人の目を気にしない「だから何?」といつでも堂々としていられる「図太さ」が身についた。決定

でももちろん社会で生きていく為の人としての常識は忘れてはならない。

前に話したように日本にいるとなんだか気持ちの悪い「常識」らしきものが存在する。それはどの社会でも生きていくために必要な挨拶や礼儀、人との付き合い方などの「人としての常識」ではなく、日本の流行や「世間体」と言われるものが作り出す「常識」らしきもの。ぴかぴか(新しい)

例えば

「その歳になっても結婚していないの?」

「その歳でそんな派手な色着るの?」と年齢に関するものだったり、

「赤に黄色でダサいよ。」

「スーツにスニーカー?リュック?」とかファッションに関するものだったり、

「女性なんだから女性らしくいなきゃ」と性別に関するものだったり・・・。

今はこれらの全てのアイディアに「だから何?」と一言で返せる。

歳をとって派手な色を着れば「けばい」。だから日本ではなんとなくおばちゃん世代になると落ち着いた色を好み、それで「歳なりの格好」を表現できる。

海外ではいくつになってもファッションを楽しみたい人は自由な発想で楽しむ。ハートたち(複数ハート)

赤に黄色、それにピンクのジャケットを想像して欲しい。日本で着たら目が眩しいほどで、「何あれ?」だけど、インドでは普段着でそういった色の組み合わせ方も多い。アート

イギリスでは通勤のとき、スーツにスニーカー、それにリュックというスタイルが普通に存在した。私が東京で同じ格好をしたら「スーツにスニーカー?」とつっこまれた。周りを見たら誰もそんな格好はしていなかった。でもスーツのときに履く靴は快適ではない。通勤だけで疲れる人も多い。だったらスニーカーやリュックなどで楽な格好で通勤して一日のエナジーを溜めておく方がいいと思う。

結婚適齢期なんてものはものの言い方しだいだけど、その人のタイミングでOK。決定

2回目のワーホリから帰った後、ある会社の面接にお気に入りの格好で行った。トップショップで買ったフェイクファーのジャケット、破けたジーンズにウエスタンブーツ。着いたところはでっかい自社ビル、10数人の人が全員、スーツを着て緊張した面持ちでいる。履歴書の写真には同じジャケットと赤いピアスが目立っていて、「いい笑顔ですね。」と言われ、エントリーシートに巨大な字で書いた名前と長所に、「読みやすくていいですね。」と。わーい(嬉しい顔)

(この会社は本当にそう思って言っているのか、それとも皮肉か。)とそこからは面接、研修、と敢えて自分らしさを更に強調していった。日本特有の「常識」と「自分らしさ」の勝負とも言えた。

結局得たその仕事で1年、英会話講師。いす

ある時青いカラコンを学校でした。生徒から「カラコンしている先生なんて今まで見たことない」と言われた。NEW

「英語が喋れるようになって海外に行ったらいろんな目の色をした人に出会うでしょ。その時驚かないように今のうち私の目を見て慣れておくんだよ。」とは言ったものの、心の中では

「だから何?」・・だった。それがかわいい私の生徒だったからそう答えたけど、そう考えるのが日本特有の「常識」。

もちろん「限度」はある。環境、状況によって、どこまでそれを「気にしない」で、どこまで「気にする」かは自分次第。「個性」と言われるか「常識ない」と言われるかも自分次第、紙一重。でも海外生活のおかげでその判断力が身についた。わーい(嬉しい顔)黒ハート

何も気にせず胸をはって「自分らしく」いく、本当の「個性」が身につけられた。キスマークぴかぴか(新しい)

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2008年08月07日

苦っ苦っ苦っ苦♪~♪~

8月に入り、NZは少し昼間が長くなりました。日照時間が長いと、心も軽いですね。晴れ

しかしながら、8月は私にとって「鬼門」。たらーっ(汗)

NZでは「冬の8月」となり、暑さが天敵の私にとって、それがプラスに作用するかと思いきや、相変わらず「ジェットコースターのような日々」です。遊園地

思い起こせば、昨年の8月は「悪夢のウェリントン旅行」で幕開け。それは、オークランド〜ウェリントンを12時間で結ぶ鉄道の旅。「車内サービスと車窓からの景色が楽しめる」という知人の勧めに、期待一杯の友人と私でした。電車

しかし、私たちの電車はトラブルが発生し、途中立ち往生。技術者が派遣され、復旧するまで約2時間半、電車に缶詰。おまけに、電力系のトラブルで、カフェの営業も見合わせられたのです。がく〜(落胆した顔)

運転が再開し、気を取り直した私たちを、次に襲ったのは激しい雨。車窓を楽しむどころか、窓を滝のように流れる雨を眺めていました。ウェリントンに到着したのはPM10:00。実に、オークランド出発から、14時間半の長旅でした。台風もうやだ〜(悲しい顔)

そんな旅行から帰った私を、次に待っていたのは「通院」。私は首の脂肪腫と長年付き合っていますが、この旅行でそれが細菌感染し炎症。最初は、抗生物質治療でしたが、腫れがひかず、医師の判断で「緊急手術」になりました。病院

何の心構えもないまま手術台に案内され、やっとの思いでKIWIの友人を呼び、付き添ってもらいました。所要40分。最初の小切開は麻酔もなく、暴れる私を押さえる医師と看護士。その後、麻酔はされましたが、今思い出しても「悪夢」です。爆弾

手術後も傷口は縫われず、バンドエイドで仮止め。3日後、皮膚が落ち着いてから、無事に縫合されましたが、首を動かせないのは辛いものでした。もうやだ〜(悲しい顔)

そんな手術後の傷が癒えないうちに、学校の入学試験。それに合格したため、オークランドでのフラット探しに、引越準備、転校に伴う諸手続、授業、IELTS試験勉強etc・・・

そういえば、オークランドからの帰路、バスのハーネスが切断?し、運転不可能になり、救援車を待ったこともありました。バス

今年もご多分に洩れず、7月末からトラブル発生。これも自分では対応策がなく、結果を待っています。

ただ、昨年のことを文章にすると、込み上げてくるのは「悲壮感」ではなく「笑い」です。その当時は「奈落の底」にいましたが「神様はその人に越えられない困難は与えない」という言葉が、私にとって真実味を帯びてきます。

きっと、未来の私も、今のトラブルを思い出し、笑っているでしょうるんるん

「あれがあったからこそ、今の私がいる」と・・・。決定わーい(嬉しい顔)

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posted by キックオフNZ at 05:26 | Comment(4) | TrackBack(0) | NZ Life

2008年08月05日

引越し

ウェリントンに引越しをすることに決めた。車(RV)

それは「環境を変える」ため。

オークランドの市内しかみていない私は複雑な気分だった。NZは移民の国であって、特にオークランドには沢山の中国人や韓国人がいる。町を歩いていても耳にする半分が中国語か韓国語。買い物でも、アパートで出会う人も半数以上が海外からの学生か移民の人々。

この状況が嫌と行っている訳ではなく、語学学校にも行っていない、ホームステイもしていない私にとって、派遣会社からもらう仕事以外でNZの英語を耳にする機会は少なすぎた。もちろん、語学学校に行っていたり、ホームステイをしたり、KIWIの人とアパートをシェアしたりして、生活の元になる場でNZの英語に触れられるのなら全然構わない。

ここで友達になった人は皆移民の人々。前に街で「あなたヨガやっているでしょ。」と2回声を掛けられ、そこで出会った人達もそれぞれ中国人の人達。皆本当にフレンドリーで親切。でもたまに英語でのコミュニケーションが取れなかった。

あとは仕事場での気持ち。

私はワーホリでNZに来た。ホテルでのレセプション、カフェでの仕事のオファーをもらったが、両方が中国、韓国出身の人が経営、仕事仲間は「英語を第二外国語とする人達」だった。その為「NZ企業でNZの人と働く」という私自身のルールから外れる為断った。派遣会社から来る仕事は見事に全てヨーロッパ系KIWIのみ。「のみ」という言い方をすると100パーセントになってしまうが、本当に100パーセント。派遣会社が入っているビルはオークランドにある巨大なビル達。その中を行き来したり派遣されて行くビルも、一旦中に入るとまるで雰囲気が違うような、全てがKIWIの人々。耳に入る言語全てがNZの英語のみ。いろいろなビルに行って、いろいろな人に出会ったが、移民の人に出会うことは一度もなかった。その一方でカフェやレストランなどの接客業や、ビジネスを離れると移民の人が多い。もちろん極端に別れているわけではなく、接客業では移民の人とKIWIが半々だったりもする。それでもその「差」になんとなく違和感を覚えた。

NZの永住権は取りやすいと聞いた。本当かどうかわからないが、永住権をとって、NZで仕事をできる状況になっても何か特別な能力がない限り自分の就きたい仕事に就くのは難しいと思った。それはある意味当たり前かもしれない。どこの国だって、仕事場で同じ能力がある人がいたならまず自分の国の人間を取るだろう。自分の国以外で「自分のしたい仕事」を妥協なしで得ることは言葉の壁を越えることはもとより、何か特別なものがない限り現地の人には勝てない。それなりの覚悟も能力も必要。

私は今までの経験のあるホスピタリティーやカスタマーサービス等なら簡単に仕事がゲットできた。でもビジネス界での仕事にこだわっていたため難しかった。しかも日本に関わるビジネスではなく、現地のもの。ある意味そこでの経験もなく、自分のおかれている状況をちゃんと把握していなかった私が甘かったのかもしれない。

とにかくウェリントンにいるKIWIの友達が「ウェリントンはそんなことないよ。」と言った。そんなことないよ、というのは仕事場ではなく街の雰囲気。仕事の話で言えばもしかしたら同じ状況かもしれない。でも私はやはり自分のルールにもうちょっとこだわってみようと思う。でもとにかく「環境を変える」、それはオークランド以外の都市もみてNZをもっとよく知る為にもいいことかな、と決めたこと。

でないと偏った意見しか持たないで日本に帰国することになってしまう。

それだけは御免だ。

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2008年08月04日

☆言葉美人☆

8月になりました!日本は夏休み真っ只中ですね。晴れ

さて、今日は私が「心がけていながらも、なかなか実践できないこと」についてお話します。それは「断り方」と「的確な意見の述べ方」です。

まず、最初に「断り方」について、お話します。

例えば、私が学校で先生や友人に「質問してもいい?」と尋ね、彼らがそれを断るとき、「ごめん。あと10分待てる?今、打ち合わせ中だから」「ごめん。今は仕事に駆けこむので無理。でも、○時以降は時間があるから、それでもかまわないなら、連絡して」etc…

彼らの「No」は「謝罪・その理由・代替の提案」の3点セットで構成されます。単に「No」と言われたら、私も何が理由か分からず、また相手の口調によっては「何か怒らせたのかな?」等と、余計な憶測も働きます。目

それが「No」の理由が明確であれば、例え相手の口調がそっけなくても「今は時間がないから、つれないのね」と、考えることができます。また、それに加え、私も彼らの「No」に対して「問題ないよ。自分のことを第一優先にしてね。」とか、仕事に急ぐ彼らには「気をつけてね」と、相手を思いやる言葉が、自然と出てきます。キスマーク

いつもこんな「断り方」をする、彼らのおかげで、私は質問が苦になるどころか、むしろ安心して、彼らの懐に飛び込んでいます。断られることに、いい意味で免疫が出来ましたるんるん

しかし、一方の私は「ごめん」だけで、言葉が続かず、自己嫌悪に陥ります。それでも、最近、少し口が慣れてきましたが、まだまだです。もうやだ〜(悲しい顔)

次に「的確な意見の述べ方」です。

ある日、新しい帽子を購入したフラットメイトが、得意げに「Umi,どうこの帽子?」と尋ねました。私は「かっこいいね。いいんじゃない?」と一言。

すると、彼は「それだけ?Umiはこの帽子は嫌いなの?」と不満顔。ふらふら

「しまった」と思いながら「私は前の帽子のほうが、好きだから」と説明。しかし、再び「前の帽子のどこが好きなの?形?色?具体的に教えて」と、質問攻め。「前の帽子の色が、あなたをより賢そうに見せるから」と答え、やっと、この質問から解放されました。たらーっ(汗)

このケースのように、友人達から意見を求められたとき、私は相変わらず「当たり障りのない」ことを答えます。でも、彼らはそんな私に質問を続け「より具体的な私の意見」を引き出します。

相手を不快な気持ちにさせず、具体的に自分の意見を伝えること。難しいですね。日本語でも、私は伝えられないかもしれません。

「断り美人」「言葉美人」になりたいものでするんるん

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2008年08月01日

料理

私は以前料理をしなかった。もうやだ〜(悲しい顔)

「できなかった」という言い方はしない。たまに「私料理ができないのぉ〜」という人もいるけど普通に文字が読める能力があって包丁を握る手がある限り、その言い方では日本語がおかしい。

ということで「料理ができなかった。」ではなく「しなかった」とは言ったが、この歳の割に料理の経験がこんなにも少ないのは少し恥じるべきであると反省している。がく〜(落胆した顔)

日本にいる時はいつも実家から大学にも仕事にも通った為、日本で料理をする機会はほとんどなかった。友達の家でパーティーだ!と行っても、自然の成り行きでなぜか私は台所に立つことがなかった。いつも「いいよいいよ」と、私はいつも最後の味見係りだった。決定

ある時、男の先輩の家に行って「夕飯を作ろう!」となったのだが、私が蕎麦のパッケージを読んでいる時、先輩に「Aiちゃん大丈夫?」と真顔で言われて何気なくリビングに案内された時、「こんなチャラ男に料理の心配されている!」と何だかその時、「料理をしよう」と真剣に考えた。しかしその後もいつも友達の何気ない優しさに甘えていた。ぴかぴか(新しい)

しかし、全く同じことがまた起こった。

カナダ人の友達の家に行った時、台所でウロウロしている私に片言の日本語で「Aiちゃん大丈夫?」と言われ、「ボクやるから大丈夫」と・・。がく〜(落胆した顔)

(なぜそこのセンテンスだけ日本語を使うんだ!)と、いつもは英語なのに敢えて日本語を使った彼になんだかありもしない「女のプライド」を刺激された気がして、それ以来、誰かの家に行っては料理の支度を手伝おうと積極的になった。

でも私を知っている人達は

「Aiは味見係り専門じゃなかったの!?」と言い、彼らに感銘を与える機会はなかった・・・。

実家にいても料理はできるでしょ、という人もいる。その通り。以前それに気がつかなかった私は母親になぜ料理も編み物も裁縫も年頃の女の子はできるのに私はできないのか聞いた。

「お母さんはちゃんとその時期が来た時に料理も編み物も教えたよ。Aiちゃんが興味を持たなかっただけでしょ。」

と言われて、思い出せば確かに学校でも家でもそれらは教わった。私が興味を持てば今頃全て説明書なしにできる能力が身についていたはずなのだが、いつも何か違うことに興味があった。たらーっ(汗)

とにかくそんなんで日本にいる時は周りの環境にとても甘えていた為、「料理」をする能力は全くと言っていいほどなかった。しかし今、私は料理をしている!!料理がうまい、下手は味の問題もあるけど、手際のよさも関わるのだとわかった。料理を通していろいろな知識も広がる。

カレーを作るとき、なぜ灰汁を取るのか。

「古い野菜は冷凍するといい」と聞いたので切ったじゃがいもを水につけて、冷凍した。自然解凍したら色も変わって豆腐みたいに超柔らかくなった。なぜか。でも臭くなければ食べられる、という。

一度、鍋に油を注いだらでっかい火がでた。(これは本当に焦った。小さなキッチンで中華料理でみるような炎が立ち上がったため、今後これには凄く注意している。)鍋が熱すぎた。爆弾

とにかく挙げたらキリがないくらい超たくさん。海外生活で料理の技術も得て、一般的な知識も広がった。そして料理が楽しいともわかった。

その一方で自分がどれだけ日本で甘えていたのか、今考えるとあきれるばかりだ。

ひらめき
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料理できません、という方。
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posted by キックオフNZ at 05:45 | Comment(4) | TrackBack(0) | NZ Life

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